私は、もう大きな店を持つつもりはありませんが、できれば、少しでも、私なりの中華料理をみなさんに楽しんでいただきたい。そんな風に考えていたところ、3年前、弁当の老舗の水了軒さんから、お話をいただきました。
「程さんでなければ、できないお弁当を作ってみませんか? 中華の駅弁というのは、ないんですよ」。
なるほど、中華料理はアツアツを召し上がっていただくのが基本。冷めてからいただく弁当とは、相性が悪い。だから、ほとんどなかったんです。これまでの中華駅弁は既製品の寄せ集めが大半。手作りの本格的なものはない。といわれると、料理人としての腕が鳴ります。
さて、決心したのはいいものの、これが難事業でした。まず、中華料理の道具がない。水了軒さんには、和洋の料理の道具、鍋や釜はあっても、中華の鍋はなく、おまけに調味料も違います。

さっそく、壁にぶつかりました。これは、一式そろえてもらうほかないのですが、大変な投資です。これで失敗は許されない事情になりました。
次は、私なりのこだわり。ふつうに中華の駅弁を作ったのでは、意味がありません。できるだけ、いい素材で作りたい。
が、当然、原価(コスト)や調理の手間との兼ね合いがでてきます。冷めてからもおいしい、となると、動物性の脂はつかえません。植物性の油でないとおいしくありません。そして、私自身が愛用している食材、調味料を集めました。
塩は伯方の塩、梅干しは紀州・和歌山みなべ、ごま油はカドヤ、卵は玉野のこだわり卵。ひとつひとつの食材、調味料、調理方法を研究していると、あっという間に3年の月日が流れました。
できあがった献立は、
○中華風炊き込み御飯
伯方塩、カドヤのごま油、米、豚ミンチ、
椎茸、筍、牛蒡、人参、干し海老、
豚・鶏スープ、濃口醤油
○鶏肉の揚煮
鶏肉、醤油、みりん、生姜、ねぎ、
スープ出し汁
○中華ポテト
○台湾の卵焼き、菜宝蛋
玉野のこだわり卵、切り干し大根
○鯖の味噌焼き
白味噌、酒、砂糖
○甘酢梅
和歌山みなべ、井口の甘酢梅
○チンジャオロースー
牛細切肉、筍千切り、チンジャオソース
○いんげんの辛し明太子和え
○鶏のバンバンジー
鶏の胸肉、程さんのドレッシング
○木耳と大根のなます
○水了軒老舗の煮物
高野豆腐、蓮根、こんにゃく、揚げ小芋、椎茸、フキ、人参
鶏の唐揚げひとつをとっても、ふつうは衣をつけて揚げれば、おしまいですが、今回はさらに、それを醤油、みりん、生姜、ネギ、スープをからめてから、照り焼きにしています。本当に、手間がかかっているんですよ。
ことに、こだわったのは御飯。白御飯ではなく、炊き込みにしました。これも手数がかかっています。私のこだわり、わがままを聞いていただいて、調理場のみなさんには本当に感謝しています。毎日、数百食分を作るわけですから、ちょっと手間が増えるだけでも、大変なんです。
誰にも受け入れられるというより、ちょっとグルメの方を対象にしました。ことに年輩の方に喜んでいただけるように全体に薄味に仕上げました。それと、水了軒さんの匠ならではの、すばらしい煮物も加えました。
お値段は税込みで1000円。弁当の名前は「程一彦の・匠の味弁当」(JRの大阪駅、新大阪駅にて発売中)。弁当に料理人の名前が入ったのは、JRの駅弁史上で二度目とか。光栄です。
私の知人のグルメに試食してもらいました。
「とにかく、品数が多いこと! だから、食べ飽きない。そして、なによりも、その一品一品のどれをとっても手間のかかった一級品。たいていの弁当は、目玉以外は、もうひとつなのに、程さんのは、梅干しのひとつまで、全部がおいしい。ボリュームもあるし、文句なし。とても、立派なお仕事ですね」といってくださいました。
日頃、辛口の批評をする方だけに、その言葉で3年の苦労が報われました。手を抜かず、気を許さず、懸命にやること。改めて、その料理人の基本を確認しました。機会があれば、一度召し上がってみてください。 |